東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)7号 判決
一 請求の原因一、二の事実及び引用商標の構成、指定商品、出願日、登録日、更新登録日が審決認定のとおりであること、本願商標から「エルバ」の、引用商標から「エルベ」の各称呼が生じることは、当事者間に争いがない。
二 右両称呼を対比すると、いずれも三音構成で、称呼における識別上重要な要素を占める語頭音を含め最初の二音を共通にし、差異のある第三音はいずれもバ行に属する近似音であること、したがつて、両者を一連に称呼すれば語感上相似のものと聴取され、両者相紛れるおそれがあると認められることは、前記審決の理由の要点4の判断に示されるとおりである。
三 原告は、本願商標は第一音から徐々に高く発声されて行き第三音が「バア」と強音に発声される旨主張するが、これを裏付ける根拠は認められず、むしろ、いずれも三音からなる本願商標と引用商標とは三音が全体にわたつて平坦に発声されるのが通常であると経験則上認められる。
原告は、また、「エル」の語句は一般用語に近いものになつているから類似性を判断するための重要な要素ではない旨主張する。しかし、前叙のとおり三音が全体として平坦に発声される本願商標と引用商標において、聴者の注意をまず引くのは語頭音とこれに続く第二音であると認められ、これに続く第三音が同じ発声態様による有声子音を有するバ行に属する近似音であることからすれば、第三音における母音の差が称呼全体に及ぼす影響は、語頭音と第二音の同一性が称呼全体に及ぼす影響に比して大きいものということはできず、結局、両者がそれぞれ一連に称呼される場合、両者は類似の語感をもつて聴取され、二に述べたとおり称呼上の混同が生じるおそれがあるものといわなければならない。
原告主張の登録例、審査例があることは当事者間に争いがない。しかし、成立に争いのない甲第七、第九号証の各一・二によれば、原告の挙げる登録例(2)、(4)はその指定商品が同一又は類似と認められないものであり、その余の登録例及び審査例は本件と事案を異にするものであるから、これらの登録例、審査例は本願商標と引用商標との類似性に関する前示判断を左右するものとはいえない。
四 以上のとおり、本願商標と引用商標とはその称呼において類似するものであり、称呼において類似すれば、そのことによつて商品の出所につき混同を生じるおそれがあるから、外観と観念において相違するとしても、右両商標は全体として類似の商標といわなければならない。
五 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当たらない。
〔編註〕本件における当事者の主張は左のとおりである。
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五四年四月一〇日「ELBA」の欧文字を横書きした別紙第一目録記載のとおりの構成の商標(以下、「本願商標」という。)につき、指定商品を第二五類「紙類、文房具類」として、商標登録出願をした(同年商標登録願第二七四三七号)が、拒絶査定を受けたので、昭和五七年八月二六日、これに対し審判の請求をし、同年九月九日に指定商品を「紙類」と補正した。特許庁は、同請求を同年審判第一八〇九四号事件として審理した上、昭和六一年八月二一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」(出訴期間として九〇日を附加)との審決をし、その謄本は、同年九月二〇日、原告に送達された。
二 審決の理由の要点
1 本願商標の出願日、構成、指定商品は、前項に記載されたとおりである。
2 これに対し、登録第一〇〇八一一七号商標(以下、「引用商標」という。)は、別紙第二目録記載のとおり「エルベ」の片仮名文字を横書きした構成のもので、昭和四四年六月二六日に商標登録出願され、第二五類「紙類」を指定商品として昭和四八年四月九日に登録、昭和五八年五月二〇日に存続期間更新の登録がされたものである。
3 本願商標と引用商標との類否についてみると、本願商標は「ELBA」の構成文字に相応して「エルバ」の称呼が生じると認めるのが相当である。他方、引用商標は「エルベ」の構成文字に相応して「エルベ」の称呼が生じることは明らかである。
4 右両称呼を比較すると、両者は、同数音からなるうち、称呼における識別上重要な要素を占める語頭音を含めて「エル」を同じくし、異なるところは、末尾音における「バ」と「ベ」の差異にすぎない。そして、「バ」の音は、両唇を合わせて破裂させる有声子音(b)と母音(a)との結合した音節であり、「ベ」の音は、同じ有声子音(b)と母音(e)との結合した音節であつて、共に五〇音図中バ行に属する近似音であるから、この音の差が称呼全体に及ぼす影響は決して大きいものということはできない。したがつて、両者をそれぞれ一連に称呼するとき、全体の語感が相似たものとなり、両者相紛れるおそれがあるものといわなければならない。
5 してみれば、本願商標と引用商標とは称呼において類似する商標であり、かつ、両者の指定商品も同一であるから、本願商標は、商標法四条一項一一号に該当し、登録することができない。
三 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点1ないし3は認める。同4、5は争う。
審決は本願商標と引用商標の類否の判断を誤つた違法のものであるので取り消されなくてはならない。
1 商標の類否は、比較する商標が類似することによつて取引者や需要者間に出所の誤認混同が生じるおそれがあるかどうかの観点に立つて、これを判断しなければならない。
(一) このような観点から本願商標と引用商標の類否を考察すると、両者が外観において、欧文字と片仮名文字とで相違し、全く異なるものであることは明らかである。
(二) 次に、その観念において、本願商標の「ELBA」が造語で原告の商号の一部分を表わす以外に特別な観念を生じるものではないのに対し、引用商標の「エルベ」からは、ヨーロツパ中部の大河でチエコスロバキアのボヘミア地方を源とし、ドイツ中部を北流して北海に注ぐ「エルベ川」の名前が想起され、このような観念を生じるものであることから、おのずと両者は観念上全く別異のものといわなければならない。
一音の相違で別異の語として認識されている例は、「コウバ(工場)」と「コオベ(神戸)」、「スバル(星座名)」と「スベル(滑る)」、「バルギ(造語意味なし)」と「ベルギー(国名)」のように多数あり、商標の構成音中一音だけ相違することによつて観念上でも別異のものとされ、非類似の商標とされた例として、「氷山(ひようざん)」と「しようざん」、「マイヘツド」と「マイペツト」など多数あるのである。
(三) さらに、称呼についてみると、この種業界にあつては、「エル=L」との語句は、「エルサイズ(大判)」、「エルパツク(大袋)」、「エルピー(LPロングサイズ)」、「エルエル(LL特大)」など「エル○○」とよく用いられて一般用語に近いものになつていることからすると、本願商標と引用商標の両者に共通する「エル」の二音は、これを取り立てて類似と断定するための重要な要素とすることはできない。むしろ、この種の短い三音構成のものにあつては、三音が一体的に称呼されるのが通常であつて、その子音の相違やアクセントの係り具合によつて、類似となつたりあるいは全く別異のものとなる。本願商標は「エ」「ル」「バ」と第一音から徐々に高く発声されて行き、特に第三音目では「バア」と強音に発声されうるものであるのに対し、引用商標は「エ」「ル」「ベ」と三音が全体にわたつて平坦に発声され、特に第三音目では弱く長く「ベエー」と発声されうるものであつて、両者は末尾音が「バア」と「ベエー」と母音を異にして顕著な相違となつて表われている。
このような事実は、次のような第二五類以外の登録例によつても十分に証明できる。
(1) 「エルバー」(登録第一二一六一六四号)と「ERUBI」(同第四八八六六四号)
(2) 「ELBA」(同第一六二一七四六号)と「エルベ」(同第四八七二一四号)
(3) 「ELBA」(同第八四八一〇六号)と「エルベ」(同第八五四七七四号)
(4) 「ELBA」(同第七三六六一八号)と「エルベ」(同第四八七二一四号)
(5) 「ERBA」(同第七五九二八一号)と「エルベ」(同第七五八五〇六号)
(6) 「ERBA」(同第一四三三六〇二号)と「エルビー」(同第一三三九三二九号)
(7) 「ERUBI」(同第四八四四六五号)と「エルベ」(同第八九六七七六号)
(8) 「ERBA」(同第一五一三六六五号)と「Elbe」(同第八五五六〇五号)
(9) 「ERBA」(同第一二〇七九一四号)と「Elbe」(同第八八〇〇七七号)
(10) 「ALBA」(同第一五八八一四三号)と「エルベ」(同第四八七二一四号)
また、第二五類の審査側においても、「エルベ」(商公昭三一―七六八八号)、「Elbe」(商公昭三五―六三六七号)、「エルビエ」(商公昭五四―四八二九五号)の商標がそれぞれ非類似なものとして登録が認められている。
2 以上のとおり、本願商標と引用商標とは、外観、観念、称呼が異なるのであつて、総合的に判断すれば、両者は類似しないことが明らかである。このような総合的な判断をせず、称呼の二音の共通性をもつて画一的に類似するとした審決の判断は、両商標の要部を看過した誤つたものである。
第三 請求の原因に対する認否、反論
一 請求の原因一、二の事実は認める。同三の主張は争う。
二 審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 請求の原因三1(一)、(二)について
商品は、それに付された商標より自然に生じる称呼によつて取引されるのが商品取引における経験則であり、したがつて、対比される両商標が称呼において相紛れるおそれのある場合は、そのことによつて商品の出所につき混同を生じるおそれがあるから、たとえ外観及び観念において相違するところがあるとしても、両商標は類似の商標であるというべきである。
2 同(三)について
本願商標より生ずる称呼「エルバ」と引用商標より生ずる称呼「エルベ」をそれぞれ一連に称呼した場合に、三音という構成において、聴者は最初に発声される音を含めた二音が強く印象に残るものというを相当とするから、両称呼を比較した場合、語頭音を含めた二音「エル」を共通にすることが、称呼における識別上大切な要素である。そして、商取引の実際の場においては、前者の称呼「エルバ」が「エ」、「ル」、「バ」の各音を第一音から徐々に高く発声されなければならないという各別の事情はなく、また、両者の語尾音「バ」と「ベ」が共に長音として発音しなければならないとする根拠はなく、両称呼は、常に、前者が「エルバ」、後者が「エルベ」と平坦に一気に発音され、かつ、聴取されるとみるのが自然である。
したがつて、本願商標と引用商標が称呼上末尾音において「バ」と「ベ」の差異を有するとしても、両商標は称呼上類似の商標といわなければならない。
なお、原告主張の登録例、審査例があることは認めるが、商標類否の判断は、本願及び引用両商標の類否のみを判断すれば足り、他にどのような商標が登録されているかということが本件審決の判断に影響を及ぼすべきものとはいえない。